2026年10月31日土曜日

新著『謹訳枕草子』刊行。

 


 去年からずっと懸かりきっていた新著『謹訳枕草子』が、一年間の悪戦苦闘の末に、やっと刊行の日を迎え、そろそろ書店にもならび、アマゾンなどのネット上でもご購入いただけるようになった。装訂は太田徹也さん。俗っ気のない、高雅でさわやかな装訂となった。
 『枕草子』は、そもそもその本文の様態が伝本によって大きく異なっており、しかも、なおかつ意味不明のところも少なくないので、これを謹訳するのは、正直非常に骨の折れる仕事であった。けれども、そういう難儀の山道を踏み分けて、しみじみと解読訳述してみると、清少納言という女性の、正直で、率直で、しかも傷つきやすく、なおかつ曲がったことにはどこまでも反撃する、男尊女卑の平安貴族社会にあって、信念はどこまでも曲げずに、男たちに立ち向かう、その勇猛にしてナイーブな姿には、ほんとうに深い感銘を受ける。
 現代の人たちにもぜひご一読ねがいたいと思うところである。
 テキスト量からいうと、通常は上下二冊に分冊刊行してもよかったのだが、あえて一冊本として御覧のように厚い本として刊行した。その結果、価格はリーズナブルに抑えられたと思うので、どうかぜひ座右に備えて秋の夜長の友としていただきたい。
 写真でもわかるように、私の謹訳シリーズはコデックス装という特殊な装訂を採用して、どのページでも、ノドからスカッと開くようになっている。それゆえ、机上あるいは書見台などに置いて、ゆるゆると味わい、あるいは朗読などしていただければ、著者としてなにより嬉しいことと思っている。

2026年9月16日水曜日




2026年9月11日、私としては、ちょっと珍しい新作初演コンサートに立ちあった。
HPの「予定」欄にもご紹介しておいたごとく、常磐津兼豊さん主宰の新作発表のリサイタルで、私の作詞、兼豊さん作曲の新作、組歌『冬の蝶』が初演されたのである。
写真は、その新作『冬の蝶』の演奏中の一枚。左から二番目が兼豊さんである。
これは、音楽的には、常磐津の音楽を用いながら、詞章そのものは、むろん浄瑠璃ではなくて「歌」の詞、しかし、演奏はあくまでも常磐津という浄瑠璃のスタイルを基礎として、そこからさらにコンセプトを広げた世界、とでもいうべきか……私には、うまく説明できないのだが、ともあれ、私の詞に兼豊さんが、曲をつけた新作の邦楽作品となった。やはりそこはかとなく浄瑠璃の常磐津の風情を讚えながら、新しい要素もふんだんに盛り込んだ作品となって、大いに好評を博したのは、まことに嬉しい限りである。
兼豊さんは、私の芸大での早い時期の教え子で、もっとも熱心に私の講義を聴いていた学生であったが、今はこうして立派な演奏家となった。
その兼豊さんと、力を合わせて、いままで誰も見たことがないような、新しい作品を産み出せたら、詩を書いた者として、なにより嬉しいことだと思っていたが、それが叶ったのは、まことに本望なることであった。
お陰さまで、チケット完売の満席で演奏されたのは、ありがたいことであった。


2026年3月28日土曜日

雲林院というインク

 


 じつは、しばらく前に、私は特製のインクの命名を頼まれたことがある。それが、ここに掲載する「雲林院」というインクである。その詳しい経緯は、下記のサイトをご覧いただければ幸いだけれど、もともとこのインクを制作販売している女性は、かつて私が東京芸大で教鞭を執っていたときの教え子で(実は彼女は常磐津の演奏家として活躍しているのだが)、卒業後は長らく疎遠になっていたものの、近ごろ再会し、こういう仕事もしているので、ぜひ力を貸してほしいと頼まれたのが、このインクの名付け親になった機縁であった。
 こういう特別のインクを使って、ペンで手書きをするという文化が、いまも脈々と齢を保っているということは、まことにめでたい。
 雲林院は、紫式部にもゆかり深い、また『源氏物語』にも光源氏がしばし御こもり修行などした寺として出てくるが、なにぶん当時は紅葉の名所でもあった。
 掲出の金釘流は、恥ずかしながら私の手書きである。ただ、色あいの見本として……。
 このインクについて、くわしいことは、下記のURLをご覧いただければ幸い。
   https://www.mituo.co.jp/shopdetail/000000000178/
 いまも在庫が残っているかどうかは、直接に御問い合わせいただければと思います。

2025年2月15日土曜日

不知火のマーマレード


  さて、今年もまた、さる知友から、不知火をたくさん頂戴した。そこで、今年もまた、わが特製マーマレードを作った。どうも、ふつうにスーパーで売っているジャム類は、いまひとつ味に深みがないものが多く、マーマレードにうるさい吾輩としては、やっぱり自分で作ったものに如くはないと自負しているのであーる、エヘン。
 このオレンジ色については、赤ワインを加えて煮ることで得られる。不知火はあのデコポンと同じものであるが、色はもっと白っぽい。しかし、それだとなんとなく色が物足りないので、私はいつも赤ワインを加えてこういう色につくる。皮は、よくよく洗って、表皮のあの黄色い薄皮を鋭利な包丁で薄ーくむいて……しかし、全部は剥かず、シマウマ柄のように、半分だけ剥いて作る。そうすると、苦味がちょうどよくなる。白い内側の綿のようなところはペクチンの宝庫だから、それは取り除いたりしてはいけない。今年も、例年のごとくとても美味しくできた。しかし、まもなくアメリカ孫どもがドヤドヤとやって来ると、このマーマレードもたちまち半分かたは食べ尽されてしまう。なに、そしたらまた作るまでのことだけれど。ああ、やっぱり自家製に限るなあ。



 

2024年8月21日水曜日

巨大なる冬瓜


 またまた御無沙汰しておりましたが、この酷暑のなか、無事過ごしております。
しかしながら、もともと暑さには非常に弱いので、毎日がただただ我慢の日々です。
  脳天に棒刺さりたる暑さかな  宇虚人
と、以前詠んだ句でありますが、まさにそんな日々ですね。
さるところ、茨城のある知友から、手ずから育てられたりっぱな冬瓜をお贈りいただきました。これ、ごらんのように、まことにドカンと大きなもので、量ってみると8キロの余もありました。さてさて、これを老夫婦二人で食べるとなると、どうやって食べるか、目下思案中であります。もちろん吸い物のたねとしてもいいのですが、それではほんのちょっとしかハカがいきません。これもこのままならば秋までも保存できますが、いったん切ってしまえば、そうそうは保存できないし、といって冷凍しては味がおちる、まさか佃煮のようなものはできまいし、冬瓜のジャムやコンポートってのも、作りようがない。
博雅の君子もし、妙案あらばぜひご教示を乞う!という次第。
ちょっと当面は保存して、あと一月もするとアメリカから子孫どもが帰国してくるので、そしたらひとつみんなで食べてみるか、と思っているところであります。

2024年4月8日月曜日

やっと満開


 都内でも代表的な桜の名所、都立小金井公園は、私の家から歩いて十分くらいのところにあって、格好の散歩場所なのだが、例年四月の第一週に「桜まつり」というのを開催することになっていた。ところが、年々歳々開花が早まるというので、今年は三月の第四週にその祭を設定したところ、あいにくの冴え返りで、その週はまるっきり開花せず、とはいえもうイベントはやめるわけにもいかず、予定通り挙行されたところが、花はゼロ、ただただ出店と人ごみだけという殺風景なる桜まつりになった。しかるに、こんどの週末は満開になった。人生は皮肉である。見に行ってみると、あいにく曇っていて寒い一日だったが、なるほど郷土館前広場は老木の桜が満開になっていた。よく見るとしかし、ここの桜はもう寄る年波か、樹勢が衰えて、花もパッとしない様子になっている。桜は寿命の短い樹(バラ科の樹木である)であるから、そろそろ更新しないとこれからはだんだん枯れるのではあるまいか。もともと、小金井桜というのは江戸時代からの名勝地であったけれど、その頃はたぶん山桜が中心で、玉川上水の堤にズラッと咲いていた。が、それと平行する五日市街道の自動車の振動と排気ガスですっかり枯れてしまい、いまは二代目三代目の樹がほそぼそと咲いているのだが、それも欅などの大樹に押されて、いかにも意気が上がらない。残念なことである。

2024年3月12日火曜日

恒例沢庵、今年は蕪で

 

毎年冬になると、おいしく太った大根を天日に干して、しわしわになるまで干し上げ、それを伝家の糠床にしっくりとつけて、天下無双に美味しい沢庵漬けを作るのが、恒例であるが、今年は、思いがけず、知人から素晴らしく丸々と太った蕪を贈られたので、よし、ひとつこれも蕪沢庵にしてみようと思い立った。かくて、天日に干しているところの写真がこれである。じつはこの干し蕪は、干し上がって、糠床にもじっくりつけ込み、数日前に食べてしまった。いやあ、生の蕪とはまたちがった、独特の甘みと風味が加わって、大根の沢庵とは違う美味であった。また良い蕪が手に入ったら、つくってみることにしよう。概ね、干しに十日、漬けるのに一週間、というところであろうか。もしよい糠床をお持ちのかたは、ぜひお試しを。