2010年5月14日金曜日

関宿の風景

先日大阪まで講演をしに行った帰りに、新名神という高速を通過中、おりしも休日で大変に道が混んでいた。そこで、あてずっぽうに高速を降りてふらふらと旧国道を走っていたら、関宿という東海道の宿場町に偶然逢着した。関西のことにはどうも疎いので知らなかったが、立ち寄ってみて驚いた。これほど美しく修復保存された旧宿場町があるとは・・・。このあたり、甲賀地方の一帯は、まだまだひなびていてやたらと開発されていないのは、なによりである。どうかこういう床しい風景をぜひ後の世までも残してほしい。それもいたずら観光地化するのでなくて。

2010年5月11日火曜日

「ん」と山口謡司君

たとえば、「新さん」という人がいたとして、これを日本人は、なんなく「しんさん」と発音するのだが、欧米人には、この発音は案外とむずかしい、ということをご存じだろうか。すなわち、SHINSAN とローマ字で表記したときに、これをイギリス人に発音させたら、おそらく「シンヌ・サンヌ」に近い発音になるだろう。日本語の「ん」とローマ字の「n」とは、じつはまったく等価ではないのである。それどころか、「ん」は、表われてくる前後の文字・発音によって、いくつにもわかれる数多い音の集合なのだ。そうして、ここに表われている「新さん」の「ん」は、子音とも母音とも言えないもので、いわば、その中間的な存在なのであった。こういうことを詳しく論じたのがこの本で、大昔から日本語の「ん」という発音には、文字でどう書くかという大きな、そして解決しがたい問題が横たわっていたのである。なぜこの本をここにとりあげるかというと、この著者の山口謡司君は、私の古い門人で、かれがまだ大学院生のころから、その後はイギリスで、また東洋文庫で、ずっと書誌学の仕事をともにやってきた間柄だからである。彼は面白い人で、もともとは九州のさる大名の末裔であり、しかも、中国文学中国哲学などの専攻であり、なおかつ、フランスでは高名な画家でもある。私の多くの小説で挿し絵を担当し、また『東京坊ちゃん』では装訂も彼にやってもらった。学者で作家で画家、そういう意味でも、私の生き方と重なるところが多いのである。ぜひご購読をお勧めする所以である。

2010年5月3日月曜日

謹訳源氏第二巻

四月の二十八日に、拙著『謹訳 源氏物語』第二巻が刊行になった。この巻には、末摘花、紅葉賀、花宴、葵、賢木、花散里 の六帖を収める。この辺りからだんだんと話佳境に入り、色々な波乱万丈、美しい描写など、源氏の絢爛たる世界がますます展開していく。ぜひとも、一巻に続けて御購読を庶幾う次第である。
  源氏書けば夜の短きが嘆かるる  宇虚

2010年5月2日日曜日

植物の力


私の家の門前に、柳の枝を挿しておいたら、根がついて育ち、いまや屋根に届こうかという立派な木になった。植木の世話をする人が、これを見て「珍しい柳ですね」と感心していたので、なんという柳かと聞いたら、名前は忘れたと言った。なるほど、普通の柳とはちょっと葉の付き方や格好が違う。これがもっと大きくなったら、「碧柳居」という看板を出そうかと思っている。今は若緑の天蓋のように葉を繁らせているが、その天蓋の中にはいると、ふしぎに頭がすっとする。きけば、鎮痛剤のアセチルサリチル酸のサリチル酸というのは、柳のラテン語の学名に由来するのだそうで、柳の葉には鎮痛効果があるという。なるほどこの柳の木の下にいるとどこか気持ちがいいのは、そういうこともあるかもしれぬ。毎日歩く中で、いろいろと面白いものを発見するのだが、この上の写真は、畠に咲く、キャベツの花である。キャベツという植物が、一見似ても似つかぬ恰好ながら、じつはアブラナ科の植物であるということは、こうして花が咲いてみるとよく分かる。林 望