この巻は、柏木に始まって幻に終わる。すなわち、位人臣を極め、天皇に準ずるほどの高位に昇って、何不自由ない立場になった源氏が、しかし、思いもかけず柏木によって、正室の女三の宮を犯されて子供が産まれてしまうというとんでもないことになる。藤壷との密通は、こうして因果応報の結果を招くのであったが、その柏木を、真綿で首を締めるようにして、死に至らしめる源氏の恐ろしさ。そんなことがあって、いよいよ世を捨てたいという思いに駆られながら、しかし、浮世のしがらみから脱することもできず、三の宮も出家し、最愛の紫上は亡くなってしまう。源氏の晩年は、そういう急坂を下っていくような懊悩の日々であった。この巻は、なかでも御法に描かれる紫上の死去前後の物語が素晴らしい筆の運びで、源氏全体のなかでも白眉だと私は思う。もののあはれの横溢する、その御法に続いて、一人残された源氏が、落莫たる一年を送るその十二ヶ月が、幻の巻で、これが大晦日で終わる。次の巻、雲隠には本文がなく、その次になると、もう源氏の死後、子孫たちの物語になるから、事実上、この幻をもって源氏の物語は終わる。実に読みごたえのある、見事な結末である。もしまだお読みでないかたは、この際ぜひ、第一巻からご一読願いたい。あるいは、若菜の巻(第六巻)から読み始めるという行きかたもあるかもしれぬ。