11月18日・19日と、北九州の行橋まで講演にでかけた。18日は、行橋市の商工会の女性部会の記念公演というので、御希望により『美味しいということについて考える』という題目で、もっぱら食べ物を論じる話をした。要するに、「おいしい」と感じることと、「満足する」ということは、すぐれて文化的な側面があり、西欧人と日本人のそれは、実のところ正反対だといってもいいくらい違っているのだということを、例を挙げながら縷々お話しした。
講演は夕方の四時からだったのだが、前日に北九州の苅田町まで行って宿泊し、講演までの空き時間は、例によって、そのあたりの田園を逍遥し、写真など撮って歩いた。苅田は、九州トヨタを始めとする大企業の工場が櫛比して、あまり観光的な町ではないが、それでも、そこから行橋のほうへ向っていくと、たとえば蓑島というところがある。もともとはその名のとおり島であったと思われるが、今は地続きになっていて、夏場は海水浴場として賑わうらしい。
しかし、冬の今は人気(ひとけ)もなく、寒々とした海辺の僻村という感じが、却って風情となっていた。この写真は、その蓑島の海水浴場である。こんもりとした照葉樹林に蔽われた丘が、いかにも海辺の村らしい。黒潮を感じさせる風景である。
そこからさらに行橋のほうへ向って、田の畔道(くろみち)を辿ると、河口を隔てた向こうに、沓尾(くつお)という村がある。岸辺の集落らしい穏やかな佇まいの村だ。
ここにも、なんの当てもなくぶらりと行ってみたが、守田蓑洲(もりた・さしゅう)という篤農家の旧居が美しく保存されているのに逢着した。今は文化財として無料で公開されていて、中に上がることもできる。
このあたりもぐるりと周遊し、ついで稲童(いなどう)の漁港あたりも散策してみた。稲童には溜め池が多く、それが一種独特の風景美となっている。美しい田園地方である。また古墳群があって、上古にはこのあたりが大いに栄えた場所であったことを偲ばせる。
その海岸あたりを車を降りて散策していたら、
「野良犬に注意」
という看板に遭遇して、慌てて逃げ戻った。野良犬頗る剣呑である。
そうして、午後に、稲童のギャラリー稲童というところで、こんどは川瀬巴水の木版画の美について語ってきた。