2021年2月6日土曜日

通俗民権論


  つい最近、福澤諭吉の『通俗民権論』の初版本を手に入れた。
 こういう装訂の本は、古書界では「ボール表紙本」と通称している。表紙に厚いボール紙を用いて、上にタイトルや飾り枠、あるいは多くは多色刷りの表紙絵を印刷した紙を貼りつけた略装の洋装本である。そして、背は多くのものは角背で、ごらんのような背布を貼り付けて装訂してある。用紙は、比較的粗悪なザラ紙のような洋紙で、したがって経年変化で酸化して茶色く変色しているものが殆どである。こういう装訂は、おそらく西洋から入ってきたリードル、つまり語学教材のようなものがお手本だと思うが、これは明治20年くらいがその刊行のピークであって、明治三十年以降はめっきりと数が減り、やがてもっと上質の洋装本に取って代わられるのである。いわば鹿鳴館時代に代表されるような、文明開化的文物の一つにほかならない。この本は出版人が福澤諭吉となっていて、慶應義塾の比較的早期の出版物である。また、ボール表紙本としてはもっとも早い時期の出版に属する。慶應義塾の出版物でも、『学問ノスヽメ』のごときは、木版、活版いずれも、通常の和綴じ本なので、この本などは新機軸を狙って出した文明開化的出版であったろう。内容も装訂も、ともにこの時代をよく表している。いまこういうきれいな状態の初版本が手に入って、これを眺めていると、明治11年時に44歳であった福澤の思いが偲ばれるような気がする。慶應義塾の往時の好個の出版物がわが書室に来てくれたことを、私は塾員の一人として、たいへんに嬉しく思っている。