2017年8月12日土曜日

翠風居にて


 豊橋での演奏会を終えてすぐ、私は酷暑の東京を脱出して、例年のとおり、信州信濃大町の山荘『翠風居』に腰を据えた。
 なんとしても終えなくてはならない仕事は、『謹訳源氏物語』文庫版の修訂と校正である。まあ、もう一度読み直しという仕事で、明けても暮れても再び源氏と対峙する日々であるが、なにしろこちらは冷涼な気候で、一切冷房というものが必要ないのは、体と心の安寧のためにはなによりの環境である。
 ほんとうは欲張って『謹訳徒然草』の執筆にも手を染めようと思っていたのだが、七月以来の体の不調がたたって、なかなかそこまでの余裕がない。
 この不調は、その後、当地の呼吸器の専門医に受診した結果、喘息であるということが確定診断となったので、いまはもっぱらその治療にいそしみながら、やっと仕事も乗ってきたというところである。さるにても、私の喘息はもう若いころからの宿痾だから、これとうまく折り合いを付けながら、しかし最善を尽して仕事をするためには、冷房などの必要なところに居てはやはり問題が多い。冷房の空気を吸うだけで、喘息の発作が誘発されるからである。おかげさまで、やっと声も元に戻り、いまは仕事の傍ら、また全力歌唱を試みることができるようになった。ありがたいことである。