私は大学から慶應に入ったが、その時には、むろん福澤諭吉のこと
はほとんど興味もなかったし、著書を読んだこともなかった。むし
ろ下からの生え抜きの慶應生には、ちょっと不愉快な感じすら持っ
たくらいである。しかし、大学、大学院を卒業して、慶應女子高校
の先生をしたり、付属研究所斯道文庫の研究員をしたり、慶應との
縁はずっと切れなかった。その間にだんだんと福沢諭吉の著書を読
んだり、あるいは世の中のあれこれを見聞きしたりするにつけて、
だんだんと、福澤という人がいかに時代に抽んでた卓抜な思想家で
あったかということを痛感するようになった。今では、福澤は私の
心の師といってもよい。掲出の写真は、家蔵の『女大学評論/
新女大学』である。並装の第十一版であって、とくに貴重書という
わけではない。が、その男女平等、男も女も独立して互いに切磋琢
磨しつつよい調和関係を築くことこそ社会改革の大前提だとした福
澤の思想の新しさは未だに失われていない。10日にこの会場ホールで
行った講演は、その福澤の女性論、また徹底して良き夫良き父で
あった福澤の家庭観、そういうことについて、彼の著述を引きなが
ら一時間半に亙って話した。この、現在博多で開催中の『福澤諭吉
展』は、彼の多面的重層的な人間性と、それゆえに社会の多方面に
与えた影響の大きさ広さを、圧倒的な質と量の展示を以て明らかに
して見せる、滅多とない優れた展講会で、またその図録(2500
円)も、極めて完成度の高い逸品である。願わくは、九州一円の
方、すくなくとも慶應義塾の塾員諸氏は挙ってこれを見聞せられん
ことを! 下の写真は、展講会の慶應義塾側のスタッフと共にとっ
た記念撮影。