2017年11月20日月曜日

行橋ゆき


 11月18日・19日と、北九州の行橋まで講演にでかけた。18日は、行橋市の商工会の女性部会の記念公演というので、御希望により『美味しいということについて考える』という題目で、もっぱら食べ物を論じる話をした。要するに、「おいしい」と感じることと、「満足する」ということは、すぐれて文化的な側面があり、西欧人と日本人のそれは、実のところ正反対だといってもいいくらい違っているのだということを、例を挙げながら縷々お話しした。
 講演は夕方の四時からだったのだが、前日に北九州の苅田町まで行って宿泊し、講演までの空き時間は、例によって、そのあたりの田園を逍遥し、写真など撮って歩いた。苅田は、九州トヨタを始めとする大企業の工場が櫛比して、あまり観光的な町ではないが、それでも、そこから行橋のほうへ向っていくと、たとえば蓑島というところがある。もともとはその名のとおり島であったと思われるが、今は地続きになっていて、夏場は海水浴場として賑わうらしい。
 しかし、冬の今は人気(ひとけ)もなく、寒々とした海辺の僻村という感じが、却って風情となっていた。この写真は、その蓑島の海水浴場である。こんもりとした照葉樹林に蔽われた丘が、いかにも海辺の村らしい。黒潮を感じさせる風景である。


 そこからさらに行橋のほうへ向って、田の畔道(くろみち)を辿ると、河口を隔てた向こうに、沓尾(くつお)という村がある。岸辺の集落らしい穏やかな佇まいの村だ。
 ここにも、なんの当てもなくぶらりと行ってみたが、守田蓑洲(もりた・さしゅう)という篤農家の旧居が美しく保存されているのに逢着した。今は文化財として無料で公開されていて、中に上がることもできる。
 このあたりもぐるりと周遊し、ついで稲童(いなどう)の漁港あたりも散策してみた。稲童には溜め池が多く、それが一種独特の風景美となっている。美しい田園地方である。また古墳群があって、上古にはこのあたりが大いに栄えた場所であったことを偲ばせる。
 その海岸あたりを車を降りて散策していたら、
 「野良犬に注意」
 という看板に遭遇して、慌てて逃げ戻った。野良犬頗る剣呑である。
 そうして、午後に、稲童のギャラリー稲童というところで、こんどは川瀬巴水の木版画の美について語ってきた。

2017年11月7日火曜日

綾羅錦繍


 きのうの夕方、信州の山荘、翠風居に来た。
 三時間ほどの快適なドライブで夕方に到着したのだが、その頃には、もう黄昏ていて紅葉の色はよくもみえなかった。
 けれども、今朝目覚めてみると、窓外はまさに綾羅錦繍の紅葉で、見事な色彩である。
 幸いに、きのうもきょうも小春日和で、信州の山間で標高800メートルの当地でも、さまで寒くはない。これでもう少しすると、この紅葉も落ち尽し、やがて雪がやってくる。
 すでに北アルプスの高峰は雪を被って白く輝いている。
 里の田はすっかり刈田となり、そちこち野焼きの烟りが上がっていて、これで安曇野は案外と烟たい。
 しかし、山荘のあるあたりは雑木林に守られて、幸いに空気は清澄である。
 これから、まもなく熊どもも山へ冬眠に帰っていくであろう。

2017年10月26日木曜日

金沢モリスハウス演奏会


 10月22日の日曜日、折しも台風21号が襲来して、日本中が大荒れの日に、私は金沢で歌を歌ってきた。すなわち、犀川べりにある、ウイリアム・モリスの家を模した教会建築(もとは結婚式場であった由)を会場として、北山吉明・昌平父子の演奏会が開かれたのだが、そこに、特にお願いして出演させていただき、『あんこまパン』全曲、R・ヴォーン=ウイリアムズの歌曲『Whither Must I Wander?』、そして武満徹作詞作曲にかかる『翼』の三曲を独唱し、なおまた、アンコールに、北山父子と三人で古関裕而作曲『高原列車は行く』を重唱してきたというわけである。私の歌のピアノ伴奏は、井谷佳代さん、この写真にピアニストが写っていないのは、まことに残念でありますが・・・。
 折しも台風のための猛烈な風雨のなか、満席の会場では、皆さんが温かく迎えて下され、まことに気持ちのよい演奏会であった。
 写真は、そのうち、『あんこまパン』を熱唱しているところである。
 この教会建築は、声が理想的に響いて、じつに歌いやすいホールである。
 今後、またこの会場を使って、デュオ・ドットラーレの演奏会なども、目下企画しているところ、ぜひお楽しみに。

2017年10月7日土曜日

文庫版謹訳源氏第二巻



 九月から刊行が始まった『(改訂新修)謹訳源氏物語』も、順調に推移して、このほど、第二巻が無事刊行の運びとなりました。
 第二巻は、末摘花から花散里まで、藤壷との密通やら、野宮の別れ、さらに須磨への退隠、明石の入道との不思議な縁など、読みどころ満載で、面白い巻々です。
 まだまだ先は長く、当分大変ですが、校閲者のAさんともども、ねじり鉢巻きで改訂作業に当っています。どうか皆様、本文決定版としての文庫版『謹訳源氏物語』どうぞ最後まで御贔屓にお願い申し上げます。

 

2017年9月9日土曜日

国文学研究資料館講演


 昨日、9月8日は、立川の国文学研究資料館にて、『古文眞寶』についての研究会が催され、今回はとくに武蔵野美術大学の先生がた、大学院生、学部学生の皆さんが大勢参加されての、共同研究集会というふうな催しであった。『古文眞寶』は、私どもは漢文学における日本でもっとも普及したアンソロジーとして研究するのであるが、武蔵野美術大学のほうでは、これを文字デザインの史的研究の対象として格好のものと捉えられる。そこで、文学とデザインと、双方から歩み寄って、お互いの知見を突き合わせ、また対話をすることによって、新知見を得ようという試みである。武蔵野美術大学の皆さんは、非常な熱を以て、これに参加され、国文学研究資料館サイドからは、同館教授神作研一君と私とがその文献としての価値などについて講演した。私としては、『古文眞寶』の受容の側面と、それから文字や版面デザインの側面の両面に亙って知るところ考えるところをお話しし、またPowerPointを用いて、江戸時代における版本の歴史や、その字体などの実際についてご覧いただいた。なかなか面白い議論が交わされた、たのしい研究会であった。

2017年8月31日木曜日

秋景色


 大町滞在も終りに近づいてきた。
 『謹訳源氏物語』文庫版の改訂・校閲作業に追われいるうちに、いつのまにか信濃は秋そのもの、昨日も、この近在のさる手打ちそば店を探索しに出掛けてみたら、もう写真のように稲穂は重く稔って、まもなく刈り入れも始まるかという感じになっていた。
 ことしは天気が悪くて、毎日雨ばかり降った夏で、それは信濃も同じことであったけれど、幸いに稲の成育はそれほど悪影響を受けなかったらしい。
 ただ、こうなってから台風の嵐などに際会すると被害が出るので、まずは安穏なる秋の訪れと無事の収穫を祈るばかり。
 いま安曇野では、林檎がだいぶ色づいてきて、まもなく収穫も始まるであろう。
 また休耕田は多く蕎麦畑に転作されていて、そこここに真っ白な蕎麦の花も可憐に揺れている。ススキも穂が出て秋風に揺れている。
 きょうなどは、台風15号の影響で、一気にシベリアから寒気が流れ込み、わが山荘翠風居のあたりは、ずいぶん寒くなった。あわてて夜はホットカーペットなどオンにして足下を温めることにした。そうしないと、体が冷えて喘息がひどくなるからである。
 ことしの夏もとうとう逝ってしまった。
 この季節がいちばんさびしい。

2017年8月12日土曜日

翠風居にて


 豊橋での演奏会を終えてすぐ、私は酷暑の東京を脱出して、例年のとおり、信州信濃大町の山荘『翠風居』に腰を据えた。
 なんとしても終えなくてはならない仕事は、『謹訳源氏物語』文庫版の修訂と校正である。まあ、もう一度読み直しという仕事で、明けても暮れても再び源氏と対峙する日々であるが、なにしろこちらは冷涼な気候で、一切冷房というものが必要ないのは、体と心の安寧のためにはなによりの環境である。
 ほんとうは欲張って『謹訳徒然草』の執筆にも手を染めようと思っていたのだが、七月以来の体の不調がたたって、なかなかそこまでの余裕がない。
 この不調は、その後、当地の呼吸器の専門医に受診した結果、喘息であるということが確定診断となったので、いまはもっぱらその治療にいそしみながら、やっと仕事も乗ってきたというところである。さるにても、私の喘息はもう若いころからの宿痾だから、これとうまく折り合いを付けながら、しかし最善を尽して仕事をするためには、冷房などの必要なところに居てはやはり問題が多い。冷房の空気を吸うだけで、喘息の発作が誘発されるからである。おかげさまで、やっと声も元に戻り、いまは仕事の傍ら、また全力歌唱を試みることができるようになった。ありがたいことである。