2009年11月10日火曜日
石森延男
最近、石森延男の色紙を入手した。この「菊の花がさきだした。そのかおりもとりもどしたい。昭和四十一年十月十八日 石森延男」と書いてある色紙は、なにげない文句だが、彼があの美しい唱歌『野菊』の作詩者であることを思い合わせて読むと、なかなか感慨深いものがある。『野菊』は昭和十七年に書かれた唱歌で、作曲は下総皖一。当時、その「野菊」の詩が戦意発揚に役立たない軟弱な作だと陸軍に批判された石森は、正々堂々、大和魂にも「にぎみたま(和魂)」というものがあってこそ国威は宣揚されると論じて一歩も引かず、ついにその平和的で愛すべき詩を認めさせたと伝えられる。旋律も非常に美しい名曲であるが、戦後すぐに歌われなくなった。私ども歌を愛する者からすれば、残念至極なことで、是非ともこれは復活してもらいたい歌である。その意味で、石森が「そのかおりもとりもどしたい」と書いたのには、深い感慨があるように思われる。ちなみにこの曲は、私どもの愛唱歌で、いつも舞台では演奏する(上田真樹編曲)。先日の岩手紫波町あらえびす記念館でのコンサートでも、嶺貞子先生のソプラノ、私のバリトンで、二重唱で歌って好評を博したところである。