2010年12月4日土曜日

学問の鬼阿部隆一先生

 私にとって最大の学恩を蒙った師、書誌学者阿部隆一先生(慶応義塾大学斯道文庫名誉教授)は、1983年に易簀されているので、もう没後27年にもなるのだと、数えてみて愕然たる思いがする。この写真の左端、膝に風呂敷包みを載せているのがその阿部先生である。この時私はおそらく二十代の終りころであったろう。右の白髪の紳士は室町時代物語の第一人者であった松本隆信先生であるが、松本先生には、私は一度もお教えを頂いたことがない。阿部先生は、福島県出身のほんとうに村夫子然とした方で、終生福島訛りがぬけなかった。なにしろ風貌からしておっかない先生だったが、ほんとうは心優しい方で、なにより邪気がなかった。酒も呑まれず、勉強ばかりして、あっという間に世を去ってしまわれた先生に、私は文献や書誌の学問を、なにもかも教えていただいたのである。邪気のない子供のような純真さの故に、しばしば人と衝突することもあり、先生に完膚無きまでやっつけられて、内心に恨みを持った人もきっと少なくなかったろう。しかし、書誌文献の学問に携わっていた人で、阿部先生以上の学識・文才を持った方には、いまだ出会わない。話せば訥弁であったが、書けば颯爽たる名文を書く天下無双の名文家、それが阿部先生であった。だから私は、阿部先生に「この論文は良く書けている」と言われたときほど嬉しい事はなかったのである。