2010年11月8日月曜日
善き時代の面影
毎年この季節になると、ケンブリッジ大学で研究生活を送っていた時代のことを、そこはかとなく思い出す。ああ、あれはほんとうにほんとうに良い時代であった。わが人生最良の一時代であったと、今にして痛感される。毎日大学の図書館に通って、閉館時間まできっちりと研究する。それだけの繰り返しであったけれど、思えばこれほどぜいたくな時間の使い方などほかには考えられない。晩秋のころには、ケンブリッジを流れるケム川の岸辺の柳が黄葉して落ち、それが水路の底に溜まって、やがていくらか饐えたような匂いがしてくる。秋がまもなく終わって冬になる、とそういう匂いなのだ。ケンブリッジの秋や冬は瞑想的で、静かで、ここ何百年と、その佇まいが変わっていないのではないかと思われる。またあの空気のなかに身を置いてみたいなあ、と、このごろしきりに思う。この写真は、その当時、かのボストン夫人のヘミングフォード・グレイ村の館に住んでいた頃、たまたま国語学者の当山日出夫君が新婚旅行で立ち寄ってくれた、そのときに彼が撮影してくれたもの。その時私は、「将来『林望全集』ってものが出来たときに、その口絵写真に、『筆者のケンブリッジ時代』というキャプション付きで出す写真を撮ろう」とか、戯れに言いながら撮影したもの。背後の塀が、そのボストン邸の古い煉瓦塀である。目前の川は、グレート・ウーズ川。私の第二のふるさと、ヘミングフォード!