2010年11月10日水曜日

青木義照画伯

 これからしばらく、もうすでに物故されて二度とお目にかかることはできないけれど、懐かしい先師がたの写真などをお目にかけつつ、想い出話などを綴ってみようとおもう。
 ここにまず掲げたのは、洋画家青木義照先生の、もっとも脂の乗った時代の写真である。私が三十代のころかと思う。たぶん東急デパートあたりで開かれた個展での一コマかと記憶するが詳しいことは覚えがない。
 青木先生は、郵政省の切手デザインなどを日常の仕事としておられたが、実は、私の絵の師匠である。まだ少年であった時分から、私は、青木先生に水彩、デッサン、油絵、版画、いろいろとお教えをいただいた。それだけでなくて、いつも「林くんは俺の一番弟子だ」と言われて、なにかとかわいがってくださったものだ。私が絵を教えていただいていたころの先生は、まったくの前衛絵画で、抽象画を描いておられたが、その後、突如として具象に転進され、後半生はもっぱら静物と風景ばかり描かれた。とくに静物は独特の渋い緑色を基調としたものがおおく、Aoki Green と称せられた。師匠としての青木先生は、ともかく小手先のわざを嫌悪され、堂々と正攻法で、真面目に描くべきことを諭され、ごまかしの技は厳しく指摘された。私が現在あちこちに絵を描いたり、装訂などデザインの仕事をしたりするようになったのは、ひとえに青木先生の薫陶のお蔭である。先生はもう数年前に、癌で世を去られたが、その易簀の直前に、私は奥さまに呼ばれて、病院の枕頭で、最後のお別れをすることができた。