2010年11月14日日曜日
森武之助先生
今回は、適当な写真が見当たらないので、私が描いた鉛筆画のデータを以て之に代える。さて、森武之助先生は、1990年に長逝されたので、今年は没後二十年に当る。亡き人の時ははやい、まことにその感が深い。思えば、1990年は、わが敬愛するルーシー・M・ボストン夫人も亡くなった年であったから、なんだか不思議な感じがする。そうして、その年、私は『ケンブリッジ大学和漢古書総合目録』と『岩崎文庫貴重書書誌解題』とを同時に編述していて、過労死しそうなほどの過密スケジュールであったが、しかし、その夏休みに信州の山荘で、息抜きがてらに『イギリスはおいしい』を書いたのだから、思えば意義深い年であった。さて、森先生は、私の慶応義塾における恩師で、江戸時代と中世の文学をお教え頂いた。というよりは、先生はただ私どもに自由に研究させて、しかし道を踏み外さないように、そこだけはきちんと支えてくださったといったほうがいいかもしれない。細かなことを一々は教えず、私どもの自発の勉強に任せて各自の才覚を伸ばしてくださったのだから、ありがたい先生であった。ほんとうの大人の風格のある、柄の大きな、そしておっかなくも優しい、親切で無愛想な、なんともいえない味のある先生であった。先生から折々頂戴したお手紙は、今も私の最も大切な宝物である。