2017年6月21日水曜日

ドットラーレの練習


 空梅雨だ、水不足だとニュースになっていた折から、きょうは、思いもかけぬ豪雨となり、あまつさえ強風、落雷とさんざんな悪天候になった。
 さるなか、かねての予定どおり、金沢から北山ドクターを迎えて、私の家の音楽室でデュオ・ドットラーレの稽古をした。この荒天のなか、おいでいただいたお二人は、すっかりびしょぬれになってしまい、それぞれまずは着ているものを着替えてから、練習にとりかかるという始末となった。
 八月に豊橋で小さなコンサートを開催するので、そのための合わせ練習。今回はピアノ伴奏者に井谷佳代さん(写真一番右)をお願いしての初めての会なので、すこし伴奏合わせも丁寧に実施したところである。
 豊橋は、北山ドクターの従姉さんで西村さんという方の御自宅にある能舞台でコンサートをするという企画で、能舞台でピアノ伴奏で歌うというのは、私にとっては初めての経験である。プログラムは、先日金沢で開催した『わが母の教へ給ひし歌』に準拠し、一部ソロ曲などを変更する。
 あわせて、11月29日の紀尾井町サロン・ホールでの演奏会のための、新曲の試唱もこころみたところであった。外の大嵐もなんのその、熱気むんむんの気合いのこもった練習を終えてから、きょうは、また私の手料理で、茄子と夏野菜のキーマカレーと、野菜のサラダというメニューでありました。
 カレーは、きょうの練習前、午前中に仕込んでおいて、夕方に温めて食べた。自分で言うのもなんだけれど、なかなか美味しくできた。ははは。
 すっかり食事も終って、解散になるころには雨もあがり、良い宵になった。

2017年6月6日火曜日

女子高組とワイワイ


 だいぶ御無沙汰をしてしまい、恐縮の極みであります。
 さて、今は『謹訳源氏物語』を文庫化するに当って、もう一度始めから全部読み直しつつ、超一流の敏腕校閲者にも依頼をして、徹底的に誤脱などを正し、こんどこそは決定版のテキストを作ろうと、目下一生懸命というところである。そんなことで、とくにアップすべきこともなかったため、写真日記もそのままになっていたのであった。
 さるところ、きのうは、かつて慶應義塾女子高校で教鞭を執っていた頃・・・それは私が24歳から30歳までの六年間であったから、茫々たる往時であるが・・・その時分に、その生徒であったOGたちが集まって、四十年ぶりの食事会を催してくれた。みなひとかどの活躍をしている彼女たちだが、集まってワイワイ言っていると、心はただちに女子高生であった頃に戻って、まことに天真爛漫、愉快な一時となった。
 この場所は、新宿高校の直ぐ近くにある、農園ビストロ「マスマス」という、ちょっと隠れ家的な一軒家・・・新宿のど真ん中に、こんな一軒家があること自体が奇跡のような・・・で、その三階個室を借り切っての楽しい美味しい会食であった(このビストロは以前にも同じような会合に使ったことがある)。私はだいたいが宴会というものは大嫌いで、男たちが喜ぶ飲み屋での宴会などは、決して行かないのだが、こういうふうに女性たちの会では、私が飲まないこともあってか、お酒はまあ二の次三の次で、和気靄々としたお喋りで時が過ぎるので、ちっともいやな思いをしない。酔余の狼藉などということも、したがって一切ない。男の酔っ払いの無意味な饒舌に付き合わされるほど時間の無駄にして不愉快なことはないのだが・・・。しかも、この店は完全禁煙につき、タバコの毒ガスを吸わされる気遣いもない。じつに気分爽快なる集まりであった。
 教師をやっていると、こういうことが折々にあって、それがなによりの楽しみでもある。いわゆる教師冥利に尽きるというのであろうか。

2017年5月4日木曜日

安曇野の春


 東京はもう初夏という佇まいだが、安曇野はまだ春のただ中にある。
 いまちょうど、田という田に水が張られ、一枚また一枚と田植えが進んでいる。まもなく安曇野はどこも緑の早苗に覆われることであろう。この写真は穂高のあたりの景色だが、まだ背後の北アルプスの山陵には真っ白く雪が積っている。この雪が融けて流れて田を潤し、地に滲み入ってはやがて安曇野の名水を生むのである。


 北国の里山は、針葉樹の濃緑と、落葉樹の若緑とが美しい混淆をなし、そうしてそのはざまに山桜が満開に咲いている。野には連翹、里桜などなど、百花将に繚乱、しかし、このもっとも美しい季節はあっという間に過ぎて、まもなく初夏の佇まいに変じていくことであろう。

 わがエコノミスト村も、新緑が美しく、水仙や菫、躑躅などの花々が可憐に地を彩っている。冬眠から醒めた熊もおそらくはそこらを歩いていることであろう。猿の群れは村の中を我が物顔に徘徊し、狐やカモシカなども目の当たりに見る事ができる。鳥のことはあまり詳しくもないのだが、日なかに老い鴬が鳴くのを聞いた。樹間遥かに見えるのは北葛岳の雪峰である。

2017年4月26日水曜日

Songs of Travel


 きょうは、かねて注文していたヴォーン=ウイリアムズの『旅の歌』の楽譜が届いた。
 とくにその第一曲の「ヴァガボンド」という歌は人口に膾炙していて、多くの歌手が歌っているけれど、なかなかこの全曲演奏を聞く機会は日本では無い。
 そこで、YouTubeの動画にどんなのが上がっているかな、という興味を持って検索してみたら、いくつか全曲演奏の動画を見付けた。
 片端からそれを聴きながら、ずっと楽譜を読んでいると、ああこれはいい作品だなあと今さらながら心にずんと来るのであった。
 なかでも、第七曲の「Whither must I wander」という歌はほんとうにしみじみとして、詩も曲もまことに美しい。聴いているうちに涙が出てくる。そうして、この曲は練習すれば私自身も歌えるような気がしてきた。いや、ぜったいにこれは歌ってみたい。詩は、ロバート・ルイス・スティーヴンソンである。この詩が絶品である。
 それを聴いたついでに、あのロイヤル・アルバート・ホールで毎夏毎日催されるBBCのPROMの動画もいくつか見た。とくに最終日の、「Rule Britania」やら、「Land of Hope and Glory」などは、聴衆総立ちでみんな大声で歌っている。ああ自分もここにもう一回行ってみたいなあと、つくづくイギリスが懐かしくなった。そうして、やっぱり俺はイギリスが好きだ、と自分に向って呟いた。

2017年4月21日金曜日

筍のマリネ


 平塚にお住まいの友人Mさんから、御自宅の庭で取れた筍を送っていただいた。毎年頂戴するのだが、今年のはまた例年にまして、アクがなく、柔らかでとびきりの美味であった。もちろん、さっそくに糠を入れて一時間ほど湯がき、そのまま冷まして、下ごしらえは完了。まずは若竹煮を作り、さらに筍ご飯を炊いた。
 とまあ、ここまでは当たり前の筍料理だが、さて、なにか珍しい、また美味しい趣向はないだろうかと知恵を絞る事しばし、これをちょっとマリネにしてみてはどうだろうかという妻の示唆もあって、さっそく作ってみた。
 まず湯がいた筍を櫛形に薄く切り、これに小麦粉を打って、サラダ油でカラリとなるまで揚げる。その前に、酒、味醂、砂糖、減塩醤油、酢、鷹の爪でマリネ汁を作り、同時に玉ねぎをスライスして、さっと熱湯を潜らせて臭みと辛味をとっておく。この玉ねぎスライスをバットに置いて、上から熱したマリネ汁をかけ、カラカラと揚がった筍をば、ジュワジュワッっとこのマリネ汁に落す。
 そうしてすっかりマリネし終ったら玉ねぎスライスを上に被せて、ラップをして冷蔵庫に半日くらい置くとよい。冷えるにしたがって味はよく染み込み、どこかワカサギのマリネ風の姿になってくるが、あじは歴然として筍。しかも柔らかくてさくさくして、じつに美味しい発明料理となった。マリネ汁を濃すぎないように作ることが旨く作るコツである。
 ぜひお試しあれ。

2017年4月17日月曜日

信濃川


15・16の両日、新潟に行ってきた。
 新潟市のリュートピア能楽堂で、遠藤和久・喜久兄弟の能楽師による二番能があって、去年は曽我兄弟がテーマだったのだが、今年は『平家物語』をテーマとして、第一部は『二人静』そして第二部は『船弁慶』という番組であった。
 その解説を終えて、私は帰途についたが、例によって自分の車を運転しての新潟往復、片道約320キロほどの道のりで、まあ独り気楽にドライブしていくにはちょうどいい距離というか、充分に運転の旅を楽しんできた。
 しかし、折柄花見時の週末とあって、とくに帰りは日曜の午後、帰途についた時には、すでに上り線は三十キロの渋滞ということになっていた。
 このまま渋滞に突っ込むのは楽しくない。
 そこで、あちこちのPAで休憩を取り、またはところどころインターで下道に降りて、しばらくは一般国道を走ってみたり、また景色の面白そうなところでは、あれこれと寄り道をしたり、そこらのラーメン屋に入ってみたり、この自由自在こそが自動車旅の醍醐味である。
 今回は、日の暮れぬうちにと思って小千谷インターで高速を降り、しばらく信濃川沿いの国道を走ってみた。
 やがて信濃川も中流域の荒々しい姿を見せ始め、あたりは豪雪地帯とあって、四月の中旬気温は15度くらいにもなろうというのに、まだまだそこら中に雪が残っている。私はしばらく人気もない信濃川堤を逍遥して、その荒々しい川の景色を写真に収めた。こういう景色に遭遇して、ゆっくりと写真など撮る、自動車旅は楽しいなあ、と改めて思ったところであった。
 そんなふうに寄り道のゆっくり旅をしているうちに夜になり、渋滞はもうすっかり解消していたのであった。旅は急がぬに限る。

2017年4月10日月曜日

昆布食パン


 大阪淀屋橋に神宗(かんそう)という昆布の老舗がある。その御主人はさすがに美味しいものが好きで、タバコが嫌いで、しかもお酒を飲まない、ときているので、ちかごろすっかり意気投合し、同社の広報雑誌に料理をつくったり、またご主人の尾嵜さんと対談をしたり、更には、同じく名高い料理人にして、やはりタバコ嫌いで下戸という祇園浜作(はまさく)のご主人ともいっしょに料理談義をしたり、ずいぶん面白いことになっている。
 さて、その広報雑誌に、同社の塩昆布を用いた料理を作ってほしいという依頼を受けて、何品か作った。
 ●蕎麦米の野菜餡かけ、昆布風味
 ●塩昆布入り、甘酒と豆乳のアイスクリーム
というのがその時作った品目だが、じつはそのほかにもアイデアがあった。一つは、衣に昆布を混ぜて揚げた豚ヒレ肉の竜田揚げであるが、これは美味しかったけれども、雑誌には出さなかった。
 もう一つが、ここもとお目にかける「昆布食パン」である。
 なに、作りかたはごく簡単で、同社の塩昆布を細かく切って、粉に交え、自動パン焼き器で焼くだけのことだから、どうってことはない。しかし、その取材のときは時間がなくて焼くことができなかったので、きょう、作ってみた。すると、あら不思議。この神宗の塩昆布は塩だけでなく甘みもあるので、食パンもふんわりと瑞々しく、なおかつ塩気と甘みがバランスよく仕上がったのは期待以上であった。昆布の薫りは幽かにするが、パンの芳香を邪魔する事はなく、ただ、ほのかに旨味が加わったという感じであろうか。とてもおいしい食パンになった。
 もし興味がお有りの方は、大阪神宗の塩昆布(細切り)を買い求めて(通販で手に入る)ぜひ試しに作ってごらんになるとよい。