2008年12月27日土曜日

またまたまた新刊

今日、次の新刊の見本刷りが、版元の檜書店から届いた。これは『能よ
古典よ!』という能についての本なのだが、今回は、私の最近の新
作能二曲の完全テキストも収載し、なおかつ、この写真の帯にある
ように、自分で装訂を担当した。漆のような黒カバー、帯は山吹
色、本体表紙は若草色、そして見返しは海老茶色、花裂れは縹色
(はなだいろ)、という思い切った色使いで、ちょうど能装束の重
ねの色が袖口からちらりと見えるような風情を演出した。これが平
積みになると、色の重ねが美しく見えるという狙いである。幸い
に、観世流の宗家観世清和師の推薦序文を忝なくした。まことにあ
りがたいことである。実は、この本の装訂にはもう一つ「仕掛け」
があるのだが、それはここには書かない。購入して下さったかただ
けが、あっと思ってくださるように、秘密にしておくのである。も
ともと、当流の雑誌たる『観世』に二年ほど連載したものに加筆
し、いくつかの書き下ろしを加えて出来た本であるが、あえて能の
写真は使わず、読み物としての性格を色濃くした。一般書店店頭に
は、新年早々くらいから配本される予定である。定価1900
円。ぜひご購読をこいねがうこと然り。

2008年12月24日水曜日

歌い納めの『あんこまパン』

昨日は、水戸芸術館主催の『クリスマスプレゼント・コンサート』
に客演して、自作『あんこまパン』をば、熱唱してきたところであ
る。このコンサートは、日本声楽界の大御所畑中良輔先生が企画な
らびに司会にあたられる、心温まる、まことに楽しい会で、例年満
席になるのだそうである。今回もまったくぎっしりの満席であっ
た。このホールは、うまく設計された音楽専用ホールで、じっさい
の舞台に立って歌ってみると、よく声の響く、しかし妙な残響の残
らない空間で、これほど歌いやすいホールも珍しい。今回は、畑中
先生のご指名により、れいの『あんこまパン』を五味こずえ君の伴
奏で歌ってきたのである。直前になって突如の腰痛に襲われて
ちょっと危惧したけれど、幸いに体調の調整がうまくいって声帯は
とても調子がよかったのはうれしかった。この写真は、本番の直前
に楽屋で撮影。私が着ているものは、『イギリスはおいしい』に紹
介してある、オクスフォード大学のスコラーズガウンである。

2008年12月20日土曜日

お茶漬け鰻

今日はまた、京都縄手三条南「かね庄」のお茶漬け鰻を送ってくだ
さった方があって、まことに嬉しいのであった。この鰻は、おそら
く天下一品の美味といっても間違いないと思うくらいの、なんとも
いえない美味しいものであるが、ただそれが美味しいというだけで
なくて、私にとっては、懐かしい師匠の想い出に繋がるというとこ
ろも嬉しいのである。昔、私がまた慶應の大学院生だったころの話
だ。先師森武之助先生は、人も知る食通酒通であった。で、私が京
都へ出張調査に出かけるに際して、「三条京阪の駅からちょっと南
に下がったところにな、『かね庄』という店がある。なーに、行け
ばすぐ分かる。ここの店の『お茶漬け鰻』を買ってきてくれない
か」とそういって、先生は私に五千円を手渡された。その金額まで
はっきり憶えているのだが、思えばあれはもう三十年もの昔にな
る。私は言い付かったとおり、その店の「お茶漬け鰻」を先生の分
五千円、そして自分用にも同じように買って帰った。食べてみる
と、この濃厚な色にもかかわらず、味は決して濃すぎないのは、
まったく不思議なくらいで、その風味は舌の上の幸福というべき味
であった。以来、京都にいくと必ずこれを買い求めてくることにし
ている。ここ三十年来、ほとんど値段が変らないのは、不思議なく
らいである。値段だけでなく、味も寸毫だに変らず、今も昔も並び
無く旨い。そうして店の構えも、包装紙の意匠も、なにもかも、
まったく変らない。変らないのは、これ以上変えようがないという
ことでもあろうか。きょうはその懐かしくも美味しいお茶漬け鰻
で、さっそくお茶漬けを作って舌鼓を打った。ああ、美味しかっ
た。またこれを下さったTさん、ありがとうございました。

2008年12月19日金曜日

愛宕梨の風格

『徒然草』のなかに、友とするに良きものとして、「物くるる友」
というのがある。なにか良い物をくれる友人は、もつべきものだと
いうことである。さるほどに、きのう、大分の知友が、御当地の名
産たる「愛宕梨」というものを送ってくれた。梨はいまごろはもう
季節がずいぶんおそく、ほとんどの梨は終ってしまったが、そのこ
ろになって出てくる晩生のものには、新高などのように巨大なもの
が多い。この大分の愛宕もその尤物で、見よ、私の顔と同じくらい
の、堂々と壮大なる佇まいの梨である。これが、食べてみるとまこ
とに瑞々しくて果肉のきめ細やかなところが、ちょっと洋梨の雰囲
気も感じさせる。なにしろこの梨は、かなり大きな段ボール箱に
たった四つしか入らないほど大きいが、当たり前の梨の四つ分ほど
の量があるので、それで通常の梨十六個分に相当する。23日の水戸の
コンサートを目前にして、咽喉や気管支の特効薬的食餌たる梨を頂
戴したのは、まことにうれしい。

2008年12月17日水曜日

万葉特番

 12月15日は、ああ、ああ、長い長い一日だった。
 正月の元旦夕方のNHKBSハイビジョンの特別番組で、『万葉
集への招待』というのが放送される。これに、ま、枯れ木も山の賑
わいとでもいうような訳柄にて、出演してきたというわけである。
昼の打ち合せから始まって、予定では七時に終るはずだったのだ
が、じっさいになると、テレビの常で、かならず予定は遅れてい
く。それで、結局、すべてが終ってオフになったのは、なんともう
九時に近い時間であった。はぁっ。この収録会場は、埼玉市大宮の
郊外にある「くらしっく館」という保存古民家で、しかも非常に寒
い日であった。目の前に囲炉裏があって、炭火が熾っているとはい
え、外は凛冽たる寒さで、足下が冷えるといけないので、おさおさ
怠りなく防寒に努めたのである。私は、不思議に足の冷えない靴
下、という秘密兵器で重装備しているのだが、それは写真ではわか
らない。しかし、出演者の皆さん和気靄々たる現場で、時間が長過
ぎることを除けば、楽しい収録でもあった。写真、右から、メイン
司会の国井アナウンサー。私の左に檀ふみさん、三船美佳さん、倉
田真由美さん。お三人とも、美しくて品格があって、とても素敵
だった。国井アナの司会ぶりも、さすがにベテラン、プロ中のプロ
という感じがした。

2008年12月12日金曜日

このスコンはなかなか良い

 横田基地の第五ゲートから遠からぬところに、Zuccotto 
というカフェレストランがある。いかにもアメリカ風の、そうさな
あ、ちょうど中南部かカリフォルニアあたりの草原のなかに長距離
バスの駅に付属して設けられているような、そんな空気があって、
ちょっと愉快である。ここの料理は食べたことがないので批評の外
だけれど、写真のスコンは、なかなか逸物である。この店のケーキ
類は自家製で、いかにも手作りという風情でおいしいが、この見事
に「狼の口」を開いたスコンも、たしかに本物のスコンの香りがす
る。惜しむらくは、すこーし甘味が強過ぎるのと、付け合わせて出
てくるのが、御定法のジャムとクロッテッド・クリームにあらずし
て、アイスクリームと生クリームというところが画竜点睛を欠くの
ではあるが、東京でもめずらしいスコンの本物を食べさせるのはエ
ライ。紅茶を頼むと、ちゃんとポットで出てくるのも好もしいが、
ただコーヒークリームを一緒にもってくるのは、一考を願いたい。
ただし、牛乳をくれませんか、と頼めば、ちゃんと冷たい牛乳を
持ってきてくれるのは、おおいに感心した。店のしつらいも、なか
なか洒落ていて、私はこのちょっとスロッピーな、あるいはポップ
な感じを愛する。外にはテラス席もあって、良い季節には外で食べ
るのも楽しい。値段もリーズナブルだし、働いている若い人たちも
感じが良い。

2008年12月11日木曜日

三田の山、藝文学会

三田の慶應義塾図書館は、いまや銀杏の黄金の落ち葉のなかにあっ
た。きょうは、三田で開かれた、慶應義塾大学文学部の藝文学会に
招かれて、国文学の岩松研吉郎教授、英文学の高宮利行教授と、三
人で鼎談してきた。本来は学術的な会なのだが、あまり学術的にで
なくて、なにか談論風発的に、日本とイギリスと、書物と、スポー
ツ、といろいろなことにまたがる話しをしようという趣旨であっ
た。岩松さんは私が大学院のときの助手だった方で、もう今年で定
年になった。高宮さんとはイギリスで偶然にお目にかかって以来の
おつきあいで、お二人ともいかにも慶應ボーイという趣の瀟洒な紳
士である。慶應では、あまり向きになって学問の話しなどするのは
野暮天だというような、雰囲気がある。含羞の情というのだろう
か。所詮学問は遊びじゃないか、そんなに向きになるなよ、とでも
いうような気分。ひさしぶりに三田で、二人のよき先輩とともに、
イギリスのことを中心に語り合ってきた。よい一日であった。やっ
ぱり母校はいいなあ。写真の右側が高宮さん。

2008年12月8日月曜日

幽霊の干物???

私もそうとうにいろいろなものを、全国各地で食べていると自負し
ているのだが、それでも、ときどき「未知との遭遇」があって、驚
かされる。6日に、小倉で『自分らしく生きる』というテーマ
で講演をしてきた。小倉に行くとき、私がもっとも楽しみにしてい
るのは、旦過市場(たんがいちば)を見て回ることだ。ここには、
あらゆる食べ物を、びっくりするような安価で売っている。しか
も、魚菜ともに、おどろくほど新鮮で質が良い。また、寿司だの、
一銭洋食だの、薩摩揚げだの、お菓子だの、炊き込みご飯だの、サ
バや鰯の糠炊きだの、そりゃもうみるからにおいしそうなものが
あって、それを買って、場内の無料休憩所でパクつくのも、旅の楽
しみの一つである。この写真にうつっている「幽霊の干物」のよう
なものは、「タラの胃袋」という干物で、こいつを四日かけて水で
戻して甘辛く煮付けて食べるのだ、と魚屋さんのオバチャンに教
わった。東京ではいっこうに見かけないもので、私も生まれて初め
て見た。どんな味のものか、これも未知のところ。されば、試しに
買ってみたので、これから四日かけて戻して、料理を試みてみよう
と思っているところである。

2008年12月7日日曜日

ジョナサン・ケリー

12月4日の夜は、楽しいコンサートに参加できて、有意義な一
夕となった。じつは私は日本ブリテン協会の理事、という隠れた肩
書きも持っているのであるが、その関係で、ブリテン協会主催のコ
ンサートに一役かったというわけであった。ブリテンの作品で『オ
ウィディウスの変身物語より、六つの変身』作品49,というオーボエ
独奏のための組曲作品がある。これはもともとギリシャ神話などの
変身物語をオウィディウス(英語ではOvidという)が編纂し
たラテン語のテキストから、ブリテンが六つの変身物語を選んで、
標題音楽的に作曲した、ちょっとした超絶技巧的作品である。が、
その各曲の冒頭に、ブリテンが書いた短い英文コメントがついてい
て、それを朗読して演奏するということが多い(らしい)。そこ
で、今回は、日本ブリテン協会主催ではあり、またこれが日英修好
150年記念年行事でもあるので、私が、古典語で日本語訳し、それを
英語の原文と、日本語の文語訳文と、二つ並べて朗読するというこ
とになった。で、そのオーボエを吹いたのが、ベルリンフィルの首
席オーボエ奏者のジョナサン・ケリーである。ジョナサンは、この
催しに賛同して、出演料なんか度外視して出演を快諾してくれたそ
うで、非常に熱演であった。彼はケンブリッジ大学の歴史学出身の
インテリで、典型的なオックスブリッジアクセントで話す。音楽だ
けでなく、人柄も、知性も、ほんとうに申し分のない、すばらしい
紳士である。だから、このコラボレーションはとても楽しかった。
ジョナサンも、楽しかったと言ってベルリンに帰っていったそうで
ある。音楽は、これだからよい。これも、ブリテンの遺徳というべ
きか。写真はリハーサルのあとで。

2008年12月2日火曜日

店じまい

 白州の家を建ててから、もう何年になるだろうか。おおむね十五
六年にはなると思われる。東京の自宅から、ドアtoドアで二時間半程
度なので、もっと気楽に週末など過ごしに行こうかと思って作った
のだが、さて、実際には忙しくてそれどこではなく、週末ごとには
各地の講演などに飛び回っていて、なかなかこの家にも足が向かな
い。それで、当初は、年に何回かは、数日くらいずつの休暇をここ
で過ごしたものだったが、この数年は、一回くらいしか行くことが
できない。それで、ただただ春三月に別荘開きをして、ずっと使わ
ぬままに十二月に店じまいに行く、そんなことを繰り返している。
いっそ売ってしまおうかとも思わぬでもないのだが、まあ買う人も
あるかどうかわからぬし、やっぱり自分なりに思い出や思い入れも
あって、売りたくない気持ちも強いのだ。いい所なんだけどなあ。
とくに、今ごろの季節に行くと静かで、心が非常に休まるのだが。
時間が足りないのはいかんともしがたい。

2008年12月1日月曜日

わが愛する寿司

 人も知るごとく、私は、大の寿司狂で、毎日食べても食べあきな
い、というくらい寿司が好きである。そのため、日本国中どこへ
行っても寿司に見参すること、われながら物好きの極みであるが、
やっぱり寿司は東京がもっとも美味しいと思うのである。それはそ
うだ。寿司といっても、こんにちはどこへいっても「江戸前」の看
板を出しているところばかりだから、江戸前握りなら、やっぱり東
京が元祖なのである。だから名店も多く、寿司ネタもよいものが
揃っている(とはいえ、上方の押し寿司はまたそれで結構だし、各
地の地方色豊かな混ぜ寿司などもそれぞれに美味しいものがあ
る)。とはいえ、寿司行脚のうちには、まずいなあ、と思う寿司に
遭遇することも非常に多いが、いやいや、それもまた行脚修行のう
ちと割り切っている。
 この写真の寿司は、私の行きつけの店で、杉並区浜田山なる勘六
の寿司の佇まいである。これは赤身のヅケである。勘六の寿司は、
小振りで上品で、ネタも飯も、みな良い。私は飯もネタも大きいの
は疎ましくて嫌いであるが、勘六のは、ほぼ理想に近い。
 さて、この日の赤身はすばらしく美味しかった。そのしっくり
ねっとりとおいしい赤身をヅケに作ってくれたのがこれである。寿
司というものは、あれこれと好きなものを注文しつつ、職人さんと
四方山の話をしながら食べられるので、一人で行っても楽しい。そ
れがなじみの店の、気心知れた職人さんとあればなおさらである。