2013年6月29日土曜日

慶應義塾横浜初等部開校式典


六月二十二日、慶應義塾横浜初等部の開校式典があった。
私はその校歌を作詩した関係で、式典の来賓として招かれて、恥ずかしながら壇上に居並ぶということになった。
式典は簡素ななかにも厳粛に挙行され、108人の第一期生一年生は、まだ小さいのにずいぶん大人しく座っているのは感心であった。
やがて、幼稚舎生選抜の合唱団による『福澤諭吉ここにあり』という佐藤春夫作詩、信時潔の歌が見事に歌われたあと、一年生だけで、出来たばかりの校歌を朗々と斉唱して聞かせてくれた。その元気よい歌声に魅了されて、涙ぐんでいた参列者も少なくなかった。
写真上は、初等部の校庭で、まるでイギリスの小学校のように全面天然芝である。贅沢といえば贅沢だけれど、芝生の上で遊べる子供たちはまことに幸いと言わねばなるまい。校庭はここだけでなく、校舎の東側には副校庭があり、そこだけでも普通の公立小学校の校庭くらいの広さがある。さらにちょっと離れたところには運動部用の第三校庭まであるのだから驚く。
写真下は、校歌作曲者の湯浅譲二先生とのツーショット。湯浅先生ももと慶應の医学部から芸大に進んで作曲家になったというご経歴で、心は慶應の人間だと仰せであった。校歌の詩は、次のとおり。


2013年6月10日月曜日

祝賀会

きょうは、かつて慶應義塾女子高校で教えた教え子たちが集まって、わが『謹訳源氏物語』の全巻完成を祝う会を開いてくれた。
みな朗らかで、上品で、この会はいつも気持ちがよい。みな、いわゆる「おばさん臭い」ということがないのだ。
しかし、この度私が作詩した慶應義塾横浜初等部の校歌の楽譜を持ってきた教え子があって、ピアノの巧い教え子もあって、マンドリンの名人の子もあって、じゃあ、ひとつピアノとマンドリンを従えて、僕が歌ってみましょうということになった。
で、私は気持ちよくフルコーラスを独唱してきたのである。単なる宴会用の個室なのに、ちゃんと良いピアノが置いてあるとは、感心なる店である。
その店は、隅田川のほとり、『むぎとろ』本店という料理屋で、自然薯が中心の薬膳料理を食べさせてくれたのもなかなかよい趣味であった。

2013年6月6日木曜日

あんこまパン


六月三日、東京文化会館小ホールでの徳川眞弓さんのリサイタルへの客演を、無事打ち上げてきた。
写真上は、『あんこまパン』を独唱しているところであるが、身に纏っているのは、オックスフォード大学のスコラーズ・ガウンである。私は、『あんこまパン』を舞台で歌うときは、いつもこのスタイルに決めているのである。これを着ると、いっしゅ扮装をして役に成り切るという感じがあり、それだけで緊張を和らげることができるのだ。
写真下は、『象のババール』のナレーションをしているところだが、こちらは一転して、紺地にヤシの木とフラダンスの小紋柄のアロハシャツと、いっそ植民地風の白いズボンといういでたちで演じ、がらりと雰囲気を転換した。
歌そのものは、本人としては不満の残る演奏ではあったが、それもそういうものだと受け入れて、ますます不満のなくなるように精進努力せよという、天の神様のお諭しであろうとかんがえておこう。人間、常に精進、日々に努力、それしか前進していく方便はない。学問に王道がないように、芸術にも王道はないのである。しかし幸いに、聞いて下さった方々の評判も悪くはなかったので、まことにありがたいことと思っている。

2013年6月2日日曜日

『象のババール』と『あんこまパン』

いよいよ、である。
なにが・・・って、つまりその、我が東京文化会館小ホールデビューが、である。ははは、大げさなとお笑いになるなかれ。これで、同ホールは声楽家の聖地と称せられるところで、憧れの場所である。そこで歌った人はみな、一様に音響の素晴らしさ、歌いやすさを称賛するのだから、ぜひ一度は歌ってみたいものだと思っていた。
さるところ、御案内のとおり、明日六月三日午後七時開演(六時半開場)にて、徳川眞弓さんのピアノリサイタルが開催される。
このコンサートの目玉曲目が、フランシス・プーランクの『象のババール』である。さるご縁があって、この曲のナレーションを依頼されたので、それならと、まったく新しい新訳を自ら作ってこれを引き受ける事にした。従来の訳よりはずっと辛口の「大人の新訳」というところであろうか。
で、その朗読出演するなら、ぜひ一曲プーランクの歌曲でも歌ってはどうかというお勧めをいただいたのだが、いかんせん私はプーランクの歌曲は未知の世界で、多忙の身として、俄に仕込むこともできかねる。そこで私自身の作詞、伊藤康英君の作曲にかかる大歌曲『あんこまパン』(全三楽章)をば、全力歌唱することにしたのである。
さて、体調をせいぜい整えて、栄養をつけて、できるだけよく眠って、そうして明日の本番には、悔いのない演奏ができるように、全力を尽す所存ゆえ、どうかみなさま、ふるって御来聴賜りたく、伏してお願い申し上げる次第である。

2013年6月1日土曜日

いきいき講演会最終回

日にちが前後してしまったけれど、昨日30日の午後、雑誌いきいき主催の読者講演会に行ってきた。これは源氏物語についての連続講演会で、きのうがその最終回となった。
そこで、今回は『源氏物語、濡れ場の研究』と題して、源氏物語に描かれるいくつもの閨のシーンを抽出し、それをどう読むべきかということを話した。
恋の物語だから、濡れ場もたくさん出てくるのだが、さすがに露骨には書いていない。しかし、だからといってエロスに欠けるということではない。源氏物語は分かりきった事は書かないので、閨の場面も、露骨に行為を描くということはない。ただ、読者たちには、どこでどう「実事」が持たれたかということは、いわば自明のこととして了解されたのであろう。そこを、わざわざ文章を精読するかたちで、どう読むのがいいのか、という話をした。
そこで、葵、若菜下、夕霧、浮舟などの巻々からいちばん問題になるところを執り出して、各種の濡れ場を子細に読んでみたというわけである。なにごとも、露骨に書くのが現代風だけれど、この古典的な濡れ場は露骨に書かない分、想像力をかき立てられるので、なまじ露骨に書くより、よほどエロティックな筆致となる。そんなことも源氏の面白さの重要な要素である。
写真は、いつも聞きにきてくださる桐原春子さんが、講演前に撮って下さったもので、手にしているのは、桐原さんご自作のハーブのブーケである。くわしくは桐原さんのブログに書いて下さっているのでごらんいただければ幸い。
http://d.hatena.ne.jp/mitioyoneko/
をごらんください。