2019年4月30日火曜日

上田真樹個展演奏会


 ちょっと順序が逆になってしまったのだけれど、実は、モリスハウスのコンサートに先立って、去る4月13日の土曜日に、渋谷のさくらホールで、作曲家上田真樹の作品を集めて、多くのアーティストたちが集合した、「上田真樹個展コンサート」という催しがあった。上田真樹君は、私が東京芸大の教師をしていた最後の年に芸大一年に入ってきた学年・・・いわば最後の教え子の一人である。当時、私は歌曲を作る作曲家を探していたので、作曲の学生には、みな歌曲を作ってみないかと声を掛けて、なかには詩を提供したりもしたのだが、前衛的現代音楽ばかりに興味の集中している芸大作曲科では、歌曲をまともに作ろうという学生はきわめて乏しかった。上田君も、それまで歌曲などは作ったことがなかったそうであるが、非常に真面目な学生であった。そこで、彼女にも声を掛けたところ、作ってみるということになって、私はいくつかの詩を彼女に贈ったのである。すると、彼女が歌曲や合唱曲、つまり「歌」の作曲家として、きわめて非凡な、しかもとても美しいメロディーを書く才能に恵まれた人であることが、すぐに分かった。以来、私は彼女に詩を贈り、彼女は私に曲を贈ってくれて、あるいは私が主宰していたThe Golden Slumbersという混声重唱団や、重唱林組、またテノール勝又晃君と組んでやっていたDuo Amiciなどに、編曲で協力してもらうようになった。それで夥しい数の歌曲を二人で作り、または編曲を作って初演するということが度重なった。そのうち、『夢の意味』という合唱組曲の出世作を作ってたちまち世の中に知られるようになり、また『鎮魂の賦』という合唱曲で、朝日作曲賞も取った。いっぽうでまた、私は彼女にソルフェージュのレッスンを二年間に亙って受け、さらには、東京エフエムの衛星放送ミュージックバードでやっていた音楽番組『リンボウ先生の音楽晩餐会』などの「音楽取調掛」として私の右腕となって働いてももらったのだった。今ではもう合唱音楽界の売れっ子となって、とても忙しいので、いっしょに仕事をすることはほとんどなくなったが、そんなご縁があって、この演奏会でも私の詩の作品が多く演奏された。『かなしみのそうち』という朗読と音楽の組曲は、女性作曲家連盟の委嘱で作った作品で、今回これを再演するので、私は自作の詩の朗読で出演。ついでに、最後の大合唱『酒頌』(イェーツ原詩、林望訳詩)のバスパートに入ることを勧められて、まったくの泥縄で参加したのが、この写真である。合唱は人生最初のことであったが、でも非常に楽しい経験であった。上田君ありがとう。

2019年4月27日土曜日

金沢モリスハウス



 去る4月24日水曜日、金沢のモリス・ハウス(ウイリアム・モリスのレッドハウスを模した内外装の疑似的教会建築)で、今年のデュオ・ドットラーレ第一回のコンサートをやってきた。今回は、『望郷ソングス』というタイトルで、主に望郷の思いを歌った古今の歌曲を、独唱と二重唱で歌ってきた。
 このモリス・ハウスは、もともと結婚式場として使われていた建物だが、今はもっぱらこうして音楽会のホールとして使用されている。音響は理想的で、じつに歌いやすい素晴らしい会場なのであるが、残念なことに、諸般の事情によって、まもなく取り壊されると聞いて、おおいにがっかりしているところである。
 今回のプログラムは、小学唱歌や、歌謡曲なども含めて、多彩な内容で構成したのだが、私の独唱曲目は、日本の歌謡曲一曲と、英語の歌三曲であった。
  青春の城下町(遠藤実作曲、梶光男のヒット曲)
  Irish Lullaby
        Galway Bay
        Granny's Hielan' Hame
 英語の歌三曲のうち、アイルランドの歌が二曲、そして3曲めのは、スコットランドの歌で、いずれも比較的新しい叙情歌であるが、アイルランド方言やスコットランド方言を歌詩に持つ特異な曲で、しかし音楽的にはいかにもノスタルジックで美しい。
 北山先生は、皆さまおなじみの名曲、
  北国の春(これも遠藤実作曲、千昌夫の大ヒット曲)
 ならびに、イタリアの歌で、
  帰れソレントへ
  遥かなるサンタルチア
  グラナダ
 の3曲を、こちらはイタリア語で熱唱、大向こうからのブラボーを受けて盛り上がった。
 伴奏は、金沢のピアニストで、中田佳珠(かず)さん。私共の音楽仲間である。

2019年4月8日月曜日

4月の大雪注意報


 先週は、ドットラーレの練習のため、信濃大町の家に行ってきたのだが、どうしたわけか、4月2日だというのに、十数年ぶりの大寒波が襲来、安曇野インターを下りたのが午後三時、それから四時前に大町の家に到着したときは、ごらんのような真っ白の雪景色で、気温は午後四時で、すでに零下三度という寒さ。まことに震え上がった。
 この雪のため、金沢からの北山ドクター一行は来信を諦め、翌日三日に予定されていた練習は、急遽取りやめとなった。
 結局この日は、大雪注意報が大町・白馬地方に発令され、時ならぬ大雪となったが、幸いに、翌日の午後には霽れて、四日はぽかぽかの春日和となったため、春雪はたちまちに融けて、春らしい景色に変貌したのは幸いであった。結局、練習は、7日の日曜に行ったが、静かな村で楽しい練習となった。
 来たる五月五日には、村内のイベントの一つとして、クラブハウスで演奏会をやることになっていて、試しにその会場となるクラブハウスでも歌ってみたが、思っていたよりは音の響きがあって、これなら大丈夫かな、とホッと胸をなで下ろした。
 信州は、いよいよ春となり、花もそろそろ綻んで、水田には水も張られ、良い景色になってきた。これから五月まで、信州はもっとも美しい季節を迎える。