2016年4月18日月曜日

松阪行

先週の土曜日に、松阪の本居宣長記念館の主催で、鈴屋学会が開催され、そのまあ、一種の基調講演を頼まれたので、宣長の愛して止まなかった『源氏物語』について、いささかの講釈をしてきた。
 松阪には、初めて足を踏み入れたのだが、さすがに江戸時代には紀州藩の治めるところであったという歴史を思わせる、どこか丈高い風格のある町である。今回は、あいにくに奥歯が痛み出すというハプニングに襲われ、本来は、講演終了後もう一泊して松阪のそちこちを探索してくるつもりだったのだが、それも今回は諦めて、ただちに帰途についた。それゆえ、せっかくの松阪をろくに見ることもできなかったのは、はなはだ心残りと言わねばならぬ。いずれまた再訪の機会もあるであろうということを期待して、今回はまっすぐに帰ってきたのであった。
 ただ、同記念館の館長吉田悦之先生のご案内で、同館の誇る豊富な宣長自筆本の展示を逐一拝見し、極めて深い感銘を受けた。宣長にはいままでやや縁遠い感じであったけれど、知れば知るほど、私自身と共通する思念の存在を感じ(恐れ多い言いかたではあるけれど)なんだか他人のような気がしないのであった。
 また隣接地に移築されている宣長の旧居にも館長じきじきのご案内を頂き、特別に宣長の書斎にも参入することを許されたのはまことに望外の幸いであった。
 清潔質素、そして大きく開かれた窓の外には緑が滴るようで、もともとあった場所では山や桜が窓外に望見された由である。この床の間の一行書きは宣長にとっての心の師であった賀茂真淵の霊位を表したものである(この字は宣長の自筆)。
 『源氏物語玉の小櫛』を読むと、宣長が源氏をどういうふうに読み味わっていたかが解るが、それは私も、自分自身の考えを書いたかと思うくらい同感するところである。まあ、そんなことも少しばかりお話しながら、講演そのものは物語のなかで紫上がどのように描かれているかという、その創作意図を探るという方向でお話をし、例によって謹訳源氏の朗読なども交えてお聞き頂いた。
 松阪はよいところ、ぜひまたゆっくりと訪ねたいと思っている。