2008年8月26日火曜日
詩集『青い夜道』
この一月ほど、私はひたすらひたすら本を書いて過ごした。来る日も来る日も書斎でコンピュータや書物を睨んでは、せっせと文章を書く日々、それは神経衰弱になりそうな日々であったけれど、それもようやく一段落という時がきた。
今日未明に、やっと、岩波書店からこの秋刊行の『旬菜膳語』の詳密な校正校訂を終えて、ほっと一息ついた。
そういう厳しい生活のなかで、ふと御褒美のように良いことがやってくることがある。
私は、かねてから田中冬二という詩人が好きで、この人こそは、日本語の美しさをとことん突き詰めた、近現代きっての「ことばの貴紳」だと思っている。心が疲れたときに、ふと冬二の詩に目をさらし、その詩の風景に心を遊ばせるとき、私の方寸のうちになんともいえない懐かしいものが満ちてくるのを覚える。それは、過ぎ去ったものへの追憶といってもいい、美しい世界への憧憬といってもいい。その冬二の第一詩集は『青い夜道』という作品で、昭和四年に、長谷川巳之吉の第一書房から少部数発行された。そのうちの一冊が、きょう思いがけず私の書室にやってきたのだ。
本は縁を以て到る。私が買う、というよりは、本のほうで私に買われてやってくるのである。亀山巌の装訂も、それ自体がまた一つの詩である。ああ、なんという美しい本、そしてなんという美しい詩であろう。この本には現代の復刻複製本も出ているのだが、初版の原本の放つ馥郁たる香気は、復刻には求むべくもない。やわらかな和紙にしっくりと圧された活字の、その印圧の味わい。印刷というものが、たんなるデータを紙に移すというだけの平板なものになる以前の、文字がまだ文字として生きていた時代の、書物という芸術がそこにある。詩集は、昔はこんなにも芸術的な存在だったのである。